DESIRE 〜背徳の螺旋〜

色の凡例:
9億5千万以上・『神』  
9億以上・殿堂入り
8億以上・2.30以上
6億以上
6億未満・1.79以下

タイトルDESIRE 〜背徳の螺旋〜
メーカーシーズウェア
レヴュワー編集部
基本6項目
 キャラクター9億
 グラフィック7億
 操作性6億
 音楽・音声7億5千万
 ゲーム性8億
 ストーリー性9億7千万
主観データ
 お気に入りポイント8億9千5百万
マスクデータ
 綜合評価8億1千万
 重率総和363億
達成率100%
パソゲェ指数2.48

雑感:
 事実上、剣乃ゆきひろ(菅野洋之氏)がその名を世に轟かせた最初の作品。その割には、非常にぞんざいな批評しか掲載されておらず、こうして改稿をするに至った。
 前批評にもあるとおり、この作品はセガサターン版『DESIRE』をプレイした後にプレイしたものであるから、プレイ前からその内容はほとんどわかっていたし、また魅力的なボイスもないこと、フルスペックの絵から16色の絵への戸惑い、などなどがあるが、その点はこの点数で勘弁していただきたい。
 ゲームオーバーが無いタイプの一本道のAVGというのは、実は当時でなくとも、今でも珍しい。おおよそ選択肢によってバッドエンドになるというAVGが多い中、菅野氏はなぜこのような手法を用いたのだろうか。それはひとえに、選択肢が細部まで練りこまれているからである。彼の作るゲームのほとんどは、移動した先で人物に会い、会話をすることで時間が進んでいく。逆に言えば、人物に会って会話をしない限り、ゲームは進まない。つまり、『移動』『話す』以外の選択肢は、はっきりいってほとんど必要ないものなのだ。だから、最近の一本道AVGのように、選択肢はバッドエンドの分岐だけ、移動や会話は話の流れで勝手に……というものでも、全く問題なかったわけだ。だが、当時は逆にそのようなAVGが珍しかった。ごく普通の恋愛AVGでも、まるで探偵モノのように、いちいちコマンドを選んでいくのである。これが当時の流行だったといえばそれまでである。だが菅野氏は、ここに新たな息吹を吹き込んだ。それは、『探すことの面白さ』であった。
 探すためには、当然選択肢を選ばせなくてはならない。だが、選択肢を選ばせる『何か』。菅野氏は、ここに持ち前のギャグと皮肉と、そして人前ではあまり言えないような露骨な下ネタを完璧なまでに織り込んだ。こうすることで、初めてアドヴェンチャーは『ゲーム』となる。ゲームを作るのは、ゲームデザイナーやプログラマーだけではない。シナリオライターでも、場合によっては絵師さえも、『ゲーム』を作ることが出来るのだ。
 本来ならばこれだけで9億超はつけなければならないほど歴史的な変革だったこの天才の作は、果たして『マルチサイト』と呼ばれる新たなシステムが皮肉にも弊害となってしまう。
 マルチサイトそれ自体は面白い。見せ方としてこれほどライターにとって都合のいいものはないし、なによりもこのマルチサイトが今後のAVGの未来を切り拓いたと言っても過言ではない。だが、このゲームにとって、それは必要なものであったのだろうか? その疑問は拭えない。メイン主人公はアル(男)とマコト(女)の二人。この二人の視点を交換しながら、ゲームは進んでいくのだが、菅野氏が読者に伝えたい部分は全てアルの視点から語りつくされていると言ってしまってもいい。外部の人間であるアルにわからない部分を、内部の人間であるマコトに託して語らせようという試みであろうが、マコトの存在理由がただ陵辱されるだけというように見え、心穏やかにマコト編を進めることが出来ない。なぜ心が穏やかでないのだろう。それは、マコト編に視点がシフトしているにも関わらず、プレイヤーの心情は『アル』だからだ。いくらマコト視点がそこにあったとしても、それはあくまでも映写機の中の出来事でしかない。男、女というそれそのものの議論は別においておくとして、これでは『マルチサイト』と銘打つ意味が全くなくなってしまうのだ(マコトを『主人公』ではなく、『脇役』と位置づけても同じような見せ方が、ゲームならば可能なはずである)。
 さて、DESIREは菅野三部作(YU-NO、EVE、DESIRE)の中でも最もまとまっている作品である。EVEのような終盤のうやむやさもなければ、YU-NOのような納得しかねる終わり方でもない。それを一つの作品として、『エンディングを終えたときに全てを受け入れている』という、実に理想的な終わり方をしているという点では最も完成度が高いとも言える。これだけのストーリーを圧倒的に描きあげるクリエイターは、もはやいないと思われていた。菅野氏を越えるのは菅野氏だけと俺は公言していた。だが、菅野氏のストーリーのクオリティは、菅野三部作を知る人間から見れば、緩やかに、だが確実に下降線を辿っている。また、市場の成熟に伴い、それに迫る圧倒的なシナリオを組み上げる猛者もちらほらと見るようになった。一抹の寂しさを感じるが、群雄割拠、実に結構。面白いストーリーは、努力しだいで必ず書けるようになる。だが、一目見ただけで敵わないとわかってしまう『天才のシナリオ』は、天才にしか書けないものだ。菅野氏が残したものは、あまりにも大きい。同級生を語らずに後の美少女ゲームを語ることができないように、このDESIREを語らずして、後のAVGを語ることはできないと考える。
 繰り返そう。これはもはや、歴史的遺産なのだ。
(1/3,1999)
(4/10,2003:改訂)
(12/12,2003:第4期パソゲェ批評発足に伴い指数-0.04)

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